むかしむかしあるところに牛方(うしかた)がいました。ある日、山を越えてこ、遠い村へ魚を運んで行きました。牛の背中(せなか)にひだらを何本も積んで、牛方は歌いながら山を歩いて行きました。
雪がチラチラ降っていました。牛方が道を進んでいると、「おーい、おーい」と呼んでいる声が聞こえました。
牛方は「だれかな。」と思って、声のするほうを見て驚(おどろ)きました。
恐(おそ)ろしい山姥(やまんば)がやって来たのです。山姥は口が耳まで裂(さ)け、長くて銀色(ぎんいろ)の髪(かみ)の毛(け)は針金(はりがね)のようで、ギラギラした目で牛方を見ています。
牛方は怖(こわ)くなって、山姥にひだらを一本投げてやりました。
山姥はひだらを飲込んで、「もう一本。」と言いました。
牛方は「このひだらは村へもって行くから、やらないぞ。」と答えましたが、山姥の大きくて真っ赤(まっか)な口を見るとひだらをもう一本投げてやってしまいました。
それを飲込むと山姥はまた「もう一本。」と言いました。
牛方はまた「このひだらは村へもって行くから、やらないぞ。」と答えましたが、山姥は恐ろしい声で「くれないとおまえを食ってしまうよ。」と叫(さけ)びました。
あまりの怖さに、牛方はひだらをもう一本投げてやってしまいました。
すると、山姥は「全部よこせ。」と言い、しかたなく牛方がひだらを全部投げてやりました。
ひだらを全部飲込むと山姥は「牛をよこせ。」と言いながら牛を摘み上げて、飲込んでしまいました。
ひだらと牛を平(たい)らげた山姥は牛方に「お腹(なか)がぺこぺこだ。今度はおまえを食ってやる。」と言いました。
牛方は山姥に食われたくないので、こう言いました。「遠いところから牛を連れてきたので、体は泥塗(どろまみ)れ。そのまま食われるのはいやだ。そこの湖(みずうみ)で体を洗ってくるから、待ってくれ。」
牛方は谷(たに)の方へ歩き始めて、逃出(にげだ)しました。
山姥はしばらく待っていましたが騙(だま)されたとわかって牛方を追(お)いかけました。
牛方は藪(やぶ)の中に身(み)を隠(かく)して、息(いき)をころしていましたが、山姥に見つかってしまいました。
また逃げ出しましたが、どんなに早く走っても山姥が近づいてきて、恐ろしい声で「おーい、おーい、まて。」と叫びます。
牛方は走っているうちに、一軒(いっけん)の家を見つけました。
その家に入って、屋根裏(やねうら)に登(のぼ)ると、牛方は息をころしてそこに身を隠しました。
山姥は家に入ってきて、「おら、家に戻(もど)って来てしまった。」と言って、囲炉裏(いろり)のところに坐(すわ)りました。
屋根裏に隠れていた牛方はそれを聞いてとても怖くなって振(ふる)えあがりました。
ひだらと牛を食べた山姥は「牛方を食えなくて残念(ざんねん)だな。」と思って「もちを焼くかそのまま寝ようか。」と言いました。
牛方は小さな声で「もち、もち。」と囁(ささや)きました。
「火の神様(かみさま)がもち、もちと言ってくれたから、もちを焼こう。」と山姥が言いました。
囲炉裏にもちをおいて、しばらくして山姥は寝てしまいました。屋根裏にいた牛方はお腹がぺこぺこ、そこにあった棒(ぼう)をとって、静(しず)かにもちを刺して持ち上げました。
牛方がもちを食べている音を聞いて、山姥は目が覚(さ)めました。
「カリカリ噛(か)むのはなんだろう。ネズミかな。ネズミは怖い。」と山姥が言って、慌(あわ)てて隠れる場所を捜しました。