水夫と恋人
ゴッホの油絵「水夫と恋人」は当初、跳ね橋を主題にした南仏・アルルの風景画だった。何らかの理由で、運河沿いを歩く麦わら帽子の水夫と赤い服の女性の部分だけが切り取られ、残された。
本人のスケッチなどを参考に世界で初めて復元されたこの絵画全体を、札幌・道立近代美術館の「ゴッホ展 巡りゆく日本の夢」(10月15日まで)で見た。黄色に輝く太陽、緑にきらめく川。澄み切った風景が色鮮やかに描かれている。
浮世絵などから大きな影響を受けたゴッホは、日本に強く憧れていた。しかし、簡単には日本に行けない。そこで、日本はきっとこんな風景だろうと信じて移住したのがアルルだった。
復元画からは、理想郷にたどり着いたあふれんばかりの歓喜が伝わってくる。苦難の生涯から、「不遇の」「狂気の」という枕ことばが添えられることの多い画家だが、この絵についてはそんな言葉は無縁だ。
復元画はゴッホの筆ではない。だが、不思議なことに来場者は誰もがこの前で立ち止まり、しばし息をのむ。独特の雰囲気や多幸感をキャンバスから感じ取るからか。
37歳で自ら命を絶ったゴッホの画家人生はわずか10年余り。もし長生きして、来日していたら、どんな日本を描いただろう。影響を受けた北斎の「富嶽三十六景」に負けない、迫力ある富士山を描いたのではないか。そんな想像力を刺激してくれる展覧会である。