話はここからである。
池田くんによると、そのオウムは、一日中「オネガイシマス」「オネガイシマス」と繰り返し叫んでいる。
そこで、池田君はオウムに「もう結構です。」という言葉を言わせようと思った。
で、オウムの籠の前へ行っては、モーケッコウデス、モーケッコウデスと言ってみる。
ところが、オウムに言葉を教えるということは意外に難しいもので、幾ら池田君がオウムの前でケッコウデスと言って見ても、オウムはキョトンとして池田君の顔を見守っているばかりである。そうして口を開けば、あいかわらず、オネガイシマスを繰り返す。
ところで、池田君は時に大きな咳払いをするくせがあるのだそうだ。原稿用紙を広げ、万年筆で最初の一時を書こうとするようなとき、大きくオッホンとやる。そうすると、調子が出てすらすら文章がかけるので、それがいつか習い性となってしまった。
ところが、オウムが池田君のその咳払いを覚えてやるようになってしまったのだそうだ。それを実に巧妙にやる。池田君の留守にもそれをやる。
てい子夫人が奥で家事をしておられると、池田君の書斎の方で咳払い音がする。
今日は大学へいってるはずなのにと思って書斎へ来て見ると、池田君はおらず、オウムが、どうだうまいだろうというような顔つきでこっちを見ている。
忙しいときは本当に困る、あの咳払いは何とかならないかしら、と、池田君夫人から泣き疲れたのだそうだ。
といって、オウムに新しい言葉を覚えさせるのも難しいが、一度覚えたのをやめさせるのは、更に難しいことは、「お願いします」で経験済みである。
そこで、池田君は考えて、池田君がオウムに「咳払い」といったときだけ、オウムにオッホンと答える、というようにしこんでみよう、と思いたった。
それ以来、オウムを見ていて、オウムがオッホンといいそうな時には、すかさず「咳払い」といってみる。オウムはそのたびに妙な顔をして池田君の顔を見ていたそうであるが、今度は逆に池田君の「咳払い」という言葉の方を覚えてしまったのだそうだ。
それ以来、池田君の顔を見ると、オウムは「咳払い」という。そうすると、思わず、池田君の方でオッホンとやるようにしまったが、そこまで話してから彼はこう言った。「これまでどっちがオウムでどっちが遊ばれているのか分からなくなってしまった。」