ある夏の電車の中でのお昼どきの出来事です。私は車両の中央に幸運にも座ることができました。お昼どきということもあって、車内にはつり革の数ほどの人が立っているという状況でした。
外の景色に向けた目をふと左に向けるとどうでしょう。左隣に座っていた人の前のつり革につかまっている人の社会の窓が、見事にパンツの白いものを見せながらあいているではありませんか。
その白いものを見せている人が、着ている背広も上等な四十歳前後の一見紳士風の人でしたので、なんともその人に似つかわしくない光景でした。
左隣に座っていた眼鏡をかけたきまじめそうな四十歳前後の人も、とっくに白いパンツのことに気づいていたらしく、下を見たり、前を見たりもぞもぞしていました。私は隣にいてその人が何をするだろうと何気なく横目で見ていると、自分のズボンのファスナーを、持っていた週刊誌で隠しながら下ろしているのです。
そして、自分の股間を見詰めながら、矢庭に「あっ、いけねえ!社会の窓が開いてらあ!」と軽妙に言ったので、車内にクスクスと笑い声がもれ始めました。続けて前に立っている人に向かって、「失礼ですが、あなたも社会の窓があいてますよ。」と言ったのです。その紳士は、恥ずかしそうにファスナーを上げて言いました。「言いにくいことをありがとうございました。あなたのおかげで恥をかかないですみます。」と素直に御礼を言いました。
きまじめ氏のしたことは演技じみていますが、人に直接注意して恥をかかせて傷つける前に、まず自分が恥をかくという彼の行動にはほとほと感心させられます。
都会生活では、他人のことはお構いなしという風潮がありますが、こんなお節介の気持ちが満ちあふれていたら、どんなにか世の中住みやすいことでしょうか。